どんな本を読めばいいですか、と質問される時があります。
今回は15分~30分くらいの空いた時間を利用して読み進んでゆける本をご紹介。忙しい人、時間がない人に特にオススメです。
辞典、詩、コラム、エッセイ、小説など、多彩なジャンルから厳選。
【超オススメの本】
「遠野物語」に負けない、不思議な言葉力が感じられるのが、G.ガルシア=マルケスの「エレンディラ」。常軌を逸した美しい物語空間をめまいを覚える。
と同時に、言葉の持つ抗しがたい「浮力」にたじろぎました。読んでいるうちに本当に体が浮いている感覚におちいり、その妙な感じは、何週間も続いたのです。
「百年の孤独」以上に奔放な魔術的リアリズムに溺れることができます。ここまでくると、もう、翻訳であることも忘れてしまうのでした。言葉の虜(とりこ)になりたい人は、ぜひお読みください。
派手に語られることはありませんが、これこそが名著。ジャンルが哲学であるにもかかわらず、読みやすくて、文体に独特のリズムがあります。清澄な三木清ワールドに知らぬ間に引き込まれてしまうことでしょう。
文庫本で価格が安いのも魅力。読書の素晴らしさを知る上では、最良の入門書と言えるでしょう。
アルベール・カミュ「太陽の讃歌」←こちらはアルベール・カミュに関する動画解説
(詩)
無著成恭「無着成恭の詩の授業」
このページでご紹介している本の中で、どれか一冊だけを選ぶとしたら、ちゅうちょなく、この「無著成恭の詩の授業」を推薦いたします。
無著成恭が子供たちに詩の講義をするという設定ですが、子供たちの発言にきっと衝撃を受けることでしょう。無著成恭は「詩を教えることで、子供が人間であることを教えたい」と言っていますが、実は逆です。
読者は子供たちの声を聴くことで、詩の素晴らしさ、言葉の豊かさ、さらには、人間であることの歓びを味わうことができるという稀有な書物が、この「無著成恭の詩の授業」。
これほど型破りで、これほど正攻法な詩の本を私は知りません。
茨木のり子「詩のこころを読む」
短い作品でありながら、意外な言葉の躍動、思いがけない発見、言葉の底力を感じとれるのが、詩です。
しかし、詩など学生時代に読んだきりで、詩集など開いたこともないという人もおられるでしょう。そんな人にオススメしたいのが、この詩の入門書です。学生さん向けに書かれているので、わかりやすく、しかも、侮り難い奥深さも味わうことができます。
1日数分間、1篇づつ読むだけでも、言葉に対する感覚、物事を見る角度などに大きな変化があらわれることでしょう。
⇒その他の「おすすめ詩集」はこちらに
(エッセイ、評論など)
柳田 国男「遠野物語」
「言葉の力」に、思わずのけぞることでしょう。
「遠野物語」を読んでいると、体の中からザワザワと何やらが騒ぎだす。強い風が体を吹き抜けてゆくのを感じる。これが、言葉の本当の凄さなのかもしれません。
近代・現代文学が置き忘れた神的かつ暴力的なエネルギー。「遠野物語」の言葉力こそ、語り継がれるべきだと思うのです。
中山靖雄「すべては今のためにあったこと」
私は自己啓発系と呼ばれる本をかなり読んできましたが、ぜひとも読んでほしい、と積極的におすすめしたい書籍はほとんどありません。その理由は自己啓発の本のほとんどからは「売らんがために」という目的が透けて見えるからです。
ところが、中山靖雄の「すべては今のためにあったこと」には、本を売って儲けたいという邪念が全くありません。なぜなら、人生においてそうした邪心を捨て、真に豊かな人生を送るための道を説いた、良心の書だからです。
山元加津子、他「1/4 の奇跡 (「強者」を救う「弱者」の話)」
元特別支援学校教諭である山元加津子さんの体験談、これが凄い。次々に山元加津子さんの愛が、奇跡を起こしてゆく。だが、山本加津子さんは、それを奇跡とは呼ばない。本当のことだから、と言う。さらには、奇跡が奇跡と呼ばれなるなる日のために、と付け加える。写真絵本のような編集になっているので、とても見やすいのも特長だ。
山元加津子さんの著書はたくさんあるので、この本を気に入った人は、他の本も読んでほしい。私がオススメしたいのはこの本⇒みみずと魔女と青い空 自叙伝が童話になったような不思議な世界に案内してもらえる。
扇谷正造「吉川英治におそわったこと」
ひょっとすると、吉川英治の小説よりも、面白い? 吉川英治の担当編集者だった扇谷正造がつづったエッセイ。じわじわと心温まる筆致がたまらなく良い。ここには、人生の知恵が満ち満ちています。
吉野登美子「琴はしずかに―八木重吉の妻として」
こんなに良い本が絶版になっているとは、本当に哀しい。良書中の良書です。
詩人・八木重吉の妻であった吉野登美子さんの文章は、澄み切った琴の音色のように心に響きます。
三木清「人生論ノート」
派手に語られることはありませんが、これこそが名著。ジャンルが哲学であるにもかかわらず、読みやすくて、文体に独特のリズムがあります。清澄な三木清ワールドに知らぬ間に引き込まれてしまうことでしょう。
文庫本で価格が安いのも魅力。読書の素晴らしさを知る上では、最良の入門書と言えるでしょう。
東山魁夷「風景との対話」
エッセイ集ですが、まるで散文詩を読んでいるかのような美しい文体が特徴。この本を読むと心が洗われます。いえ、魂が浄化されるといった方が適切かもしれません。
澄明でありながら、深い。哀しみをたたえながらも、不思議な明るさが光っている。
日本語とはかくも端正で美しい言語であったのかと、驚嘆されることでしょう。
東山魁夷の絵に親しんだことのない人でも、文章だけで充分に堪能できます。
荻昌弘「映画批評真剣勝負 ぼくが映画に夢中になった日々《作品鑑賞篇》」
映画評論なのに泣けます。映画評論なのに酔いしれてしまいます。日本語とは、これほど美しいものだったのか、と仰天してしまう名文の宝庫。
深代惇郎「天声人語」
短い時間で読めて、しかも、文章修業に役立つのが、優れたコラムです。天声人語は800字の美学という言葉が想い浮かぶほど、磨きあげられた言語空間を表出しています。
天声人語は朝日新聞の中で最も筆力のある記者が担当するといわれているのですが、古い天声人語の歴史の中で、最高峰を築いたのが、深代惇郎です。
「不世出の名コラムニスト」と呼ばれる深代惇郎の天声人語には人間への深い人間愛が息づいており、時に涙さえ誘います。
発売当時、爆発的に売れたので、絶版となった今でも古本で、簡単に入手可能です。
小林秀雄「考えるヒント」「考えるヒント3」
「考えるヒント」に収録されているエッセイは、どれも短く、一気に読めてしまいます。短いにもかかわらず、読後に深くて心地よい疲労感を覚えるのが特長。
小林秀雄の評論は難解だと言われますが、頭で意味を理解しようとするからです。小林が語る核心を感じとれれば、読書は悦楽となります。
直感的思考の達人である小林秀雄の言葉は鍛えぬかれたアスリートの筋肉美を想わせる。
理解する読書ではなく、感じる読書の陶酔に似た快感を、味わってください。
村上和雄「遺伝子オンで生きる」
遺伝子研究(生命科学)の権威である村上和雄は、人生の講師でもある。今回オススメしている「遺伝子オンで生きる」は、難しい学術書ではない。人生を明るく前向きに、希望をもって生きることを、わかりやすく豊富なエピソードをまじえて語っている。村上和雄の世界に慣れていない人は、ここから入ると良いだろう。
吉野せい「洟をたらした神」
70歳をすぎてから筆をとった、農婦の随筆。串田孫一は「洟をたらした神」を「刃毀(はこぼ)れなどどこにもない斧で、一度ですぱっと木を割ったような、狂いのない切れ味」と評したそうです。
頭でこねくりまわしたり、造花のような装飾をしたりする文章とは真逆の言葉宇宙。シンプルな記述の中に、生命感あふれる言葉たちの躍動を体感できます。
(指南書)
谷崎潤一郎「陰翳礼讃・文章読本 」
日本人として生まれて、意識的に文章を書いてみようと思ったら、この本は読まざるをえません。日本人の一般教養としても必須といえる名著です。日本の作家の中で最も耽美的な文章を書いた谷崎潤一郎。彼が語る文章の本質とは?
三島由紀夫「文章読本」
その美文で名高い三島由紀夫の「文章読本」は、理路整然として、非常に読みやすいのが特徴。谷崎潤一郎の「文章読本」をかなり意識して書かれているので、両方読んで比較すると、かなり興味深いと言えます。文章に対する2人の美意識の違いとは?
川端康成「新文章讀本」
谷崎と三島の文章読本は有名ですが、川端康成の「新文章読本」を読んでいる人は少ないのではないでしょうか。私は新潮文庫で読みましたが、現在は絶版になっていますので、今回はタチバナ教養文庫版を。
文章の美しさでは定評のある巨匠が書いた文章読本は、実はこの3冊をすべて読んで、初めて完結するのです。
美しい日本語に憧れるとか、美しい文章を書きたいという気持ちのあるなしに関わらず、日本人として生まれてしまった宿命と諦めて、この3冊は絶対に読破してください。
(小説)
藤原新也「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」
写真家としての藤原新也は昔から知っていたのですが、彼の小説を読んでみて、その質の高さに舌を巻きました。
オススメのポイントは、作品が新しいこと、そして、実に言葉がていねいに使われていること。
小説とかをふたんは読まないという人に、ぜひ読んでいただきたい佳作集です。
三浦哲郎「木馬の騎手」
短編小説集。三浦哲郎といえば「忍ぶ川」があまりにも有名ですが、また違った趣きが味わえます。
「神は細部に宿る」という言葉がありますが、三浦哲郎の細部の描き方にご注目ください。
12編の短編が集められているので、まだ読書に慣れていない人でも、集中力が切れることはなく、読み進められます。
朱川湊人「花まんま」
短編小説集。第133回直木賞受賞作。幻灯機の世界に似た、不思議な郷愁に浸ってください。
一編いっぺんの完成度が高く、短いのにたっぷりと小説の醍醐味が味わえます。
温かくて、寂しくて、ちょっと怖い、物語世界を覗いてみませんか。
石川淳「紫苑物語」
美文という言葉がこれほど当てはまる小説はないように思われます。
この小説にある「人を酔わせる力」は、いったいどこから来るのか、それを突き止めるために、もう一度、読んで見たい作品です。
丸山健二「夏の流れ」
あの三島由紀夫が絶賛したと言われていますが、すぐに「なるほど」と感じました。
というのは、この「夏の流れ」が優れていることはもちろんですが、三島は「自分では絶対にこういう小説は書けない」と確信したのでしょう。
それくらい、三島が人工的に構築した世界とは真逆の小説空間が描き出されています。その空間で呼吸する人間の汗のにおい、皮膚感覚まで伝わってくるリアリティが凄い。
立原正秋「剣ヶ崎」
予想どおり、絶版になってしまいました。立原という作家は駄作も多いので、全体の評価が低く、次々に絶版になっています。
しかし、この「剣ヶ崎」は、ぜひとも読んでおきたい「美しい文体で書かれた小説」です。苛烈なまでの哀しみが、美に昇華された稀有な作品。
宮本 輝「泥の河」
宮本輝の初期の傑作。彼の全作品を通じて、最も文体に緊張感があり、文章に日本人ならではの情緒があふれています。「蛍川」とこの「泥の河」は、まさに「美しい日本語で書かれた小説」と言えるでしょう。
中島 敦「李陵」
歴史小説でありながら、その文体はまるで散文詩のように美しい。語るというよりも、歌うように書かれていると感じるほどです。
中島敦の文学は、実はこの「詩精神」がキーワードだと私は思っているのですが、その「詩人としての才能」に長けていたがゆえに、長編小説が書けなかったのではないでしょうか。
中島敦は小説家というよりも、詩人と呼んだ方が当たっている気がします。
海外では、優れた作家のことを、小説家であっても「詩人」と呼んで賞賛するらしいのですが、中島敦も、何をおいても「詩人」と呼びたい作家のひとりです。
水上勉「越前竹人形」
陰惨なほど暗い小説ですが、竹林にヒロインが現れるシーンがあまりにも印象鮮やか。その場面を読むと、類いまれな美しい文章によって、幻想的な世界に、すぐさま拉致されてしまう。むせかえるようなエロチズムと美文の交合により、怪しい酔いに浸れます。
山本周五郎「赤ひげ診療譚」
黒澤明の映画「赤ひげ」の原作となった小説。深い。深く踏み込んだ人間の描き方に、すさまじい迫力が感じられます。文体は淡々としているのに、その深淵な人間ドラマへと知らぬ間に引き込まれてしまう。これこそが、一流の作家の筆力なのかもしれません。
G.ガルシア=マルケス「エレンディラ」
「遠野物語」に負けない、不思議な言葉力が感じられるのが、G.ガルシア=マルケスの「エレンディラ」。常軌を逸した美しい物語空間をめまいを覚える。
と同時に、言葉の持つ抗しがたい「浮力」にたじろぎました。読んでいるうちに本当に体が浮いている感覚におちいり、その妙な感じは、何週間も続いたのです。
「百年の孤独」以上に奔放な魔術的リアリズムに溺れることができます。ここまでくると、もう、翻訳であることも忘れてしまうのでした。言葉の虜(とりこ)になりたい人は、ぜひお読みください。